カルマ 〜 個人・種族・国家・人類・地球……『EH(秘教治療)年間講座』第8回目の報告

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アリスベイリーによろしく

エソテリック・ヒーリング(EH)年間講座。ひさびさの日曜クラスでした。

第8回目のテーマは「カルマ」。自分が蒔いた種は自分で刈り取ることになる、「原因と結果の法則」と聞けばイメージがつかめるのではないでしょうか。

カルタもサルサも関係ないですよ。念のため。

いちおう参考:wikipedia(サルサ)

カルマの法則とは

今日至るところの人類の意識において、カルマの法則は論争の余地のない偉大な事実である。彼らは、このような名前で呼ばないかもしれないが、今日のすべての出来事において、様々な国が自ら蒔いたものを刈り取っていることをよく知っている。

この偉大な法則──かつては理論でしかなかったもの──は今、証明された事実、人間の思考において認められた要素になっている。「なぜ」という疑問がしばしば発せられるが、それが原因と不変の必然性を伴う結果という要素を引き入れることになる。遺伝と環境という概念は、人間の現状を説明しようという取り組みである。

特質、人種的な特性、民族的な気質、理想、これらは、物事を始動させる原因の世界が存在するという事実を証明している。歴史的な状態、国家間の関係、社会的なタブー、宗教的な信念と傾向、これらはすべて、原初の原因──これらのうちにあるものは極めて古いものである──へと辿ることができる。

今日世界で起こり、人類に強い影響を与えているすべてのもの──美しいものと恐ろしいもの、生活様式と文明と文化、偏見と好み、科学的な達成と芸術的な表現、そして人類が惑星の至るところで存在を色づけている多くの方法──は、個人であれ集団であれ、どこかで、あるレベルで、ある時に人間が引き起こした結果の現われである。

『秘教治療』第三章 私たちのカルマ的な負債 p.314

カルマの法則は論争の余地のない偉大な事実。

個人のカルマを超えて、民族、国家、人類、宇宙のなかで逃れられない法則なんですね。いま身の回りに起きているあらゆる現象は、自分と無関係ではないということでしょう。

三種類のカルマ

「三種のチーズ」みたいで美味しそうですが、三種類のカルマです。

1. 潜在的なカルマ

まだ未発達で無活動な種子つまり原因であり、現在もしくは近い将来の生涯で実を結ばなければならないもの。

2. 活発なカルマ

実を結ぶ過程にある種子つまり原因であり、現在の生涯がその開花に必要な土壌を用意しているもの。

3. 新しいカルマ

この生涯で生み出されつつある種子つまり原因であり、将来の生涯の状況を必然的に支配するようになるもの。

『魂の光』第二の書 p.155

いまの僕たちにできることは、現在を見つめて新しいマイナスのカルマをつくらないように生きることだといいます。清く正しく美しく……ですね(遠い目)。

四種類のカルマ(行為)

ヴィヤーサは自らの注釈の中で、カルマ(つまり行為)には四種類あり、それは次のようなものであると述べている。

1 邪悪な堕落した行為。これはと呼ばれる。この範疇に属する行為は最も深い無知の結果か、非常に根深い物質主義の結果か、もしくは意図的に選択して行われたものかのいずれかである。………

2 善くも悪くもない行為。これは灰色と呼ばれる。これは一般の人が行うカルマ的な行為のことである。彼は相反する対をなすものに支配されており、彼の人生経験は親切で無害な、愛から行った行為と、残酷で有害な、憎しみから行った行為の間を行ったり来たりしている。………

3 と呼ばれる行為。これは生き生きとした思考に基づく行為であり、熱誠家や弟子が行うべきことである。これは道における解放に先立つ段階の特徴になるものである。ヴィヤーサはこれを次のように説明している。

白は、向上と学習と瞑想を拠り所にする人々のものである。これはマインドだけを頼りにし、外的手段には依存しない。したがって、それは他の人々を傷つけることによって生じるものではない。

4 最後のタイプのカルマは、黒でも白でもないものと呼ばれる。どのような種類のカルマも生み出さず、そのヨギが始動させた原因は彼を顕現の形態様相に縛りつける可能性のあるどのような結果も生じさせない。彼は自分のためには何も求めず、無執着に行動するため、カルマを生むことはなく、彼の行為は自分自身に何の影響も与えないのである。

『魂の光』p.382-385

「黒」「白」「灰色」「何色でもない」の、四種類の行為。

僕を含め多くの人は文字通りグレーゾーンの中で生きていると多いと思いますが(え、ブラック?)、僕らがいま目指すのは「白」ということなんでしょうね。

さらに、1〜3のタイプのカルマは、以下のものと直接関係があるといいます。

  1. 物質界の界層:物質界
  2. 相反する対をなすものの界層:アストラル界
  3. 一点集中した思考の界層:メンタル界

カルマが白い人々とは、相反する対をなすもののバランスをとることに長け、三界からの意識的な知的解放の過程に携わっている人々である。彼らはこれを次のようにして行う。

a 学習つまりメンタル的な発達。これは、進化の法則を理解し、意識の性質とその関係──一方では物質との関係、他方では霊との関係──を理解することを通してなされる。

b 瞑想つまりマインドの統御。これによって、魂が低位の媒体を統御して魂の領域の啓示を可能にするメカニズムが創造される。

c 無害性。どのような言葉、想念、行為も、神が自らの生命を表現しようとしている形態を傷つけることはない。

『魂の光』p.384

学習、瞑想、無害性。

学習、瞑想、無害性♪

なんだかゴロがよろしい。

物質界に顕現するすべての生命の中に、実を結ばなければならない胚種つまり種子が宿っている。形態が現われる原因になるのはこのような種子である。かつて蒔かれたこれらの種は、いつか実を結ばなければならない。

『魂の光』p.385

蒔いた種はいつか実を結び、それを刈り取ることになる。逃れられない「原因と結果の法則」。天網恢恢疎にして漏らさず。悪いことできないっすね…。

今まで様々なことを経験してきたなかで、色とりどりのカルマをつくってきたのだと思います。これからもそうだし、今この瞬間も!

講座のなかで、「自己の存在」についてそれぞれが考えるワークを行いました。「今の私」を中心に置いて、マインドマップのように自由に連想の枝を伸ばしていきます。

仕事、本、両親、肉体、食事、住居、服、希望…など、他にもいくつかの「私を成り立たせているもの」が、ホワイトボードに書かれていきます。

僕はそこに「ベンチプレス」を付け足した形となります。お約束ですね。

そんなベンチプレス以上に、今の僕に大きな影響を与えているのが「本」です。本を通してたくさんの著者と“出会い”ました。その中でもやはり『アリス・ベイリーの本』は別格。

わからないけど、わかりたい。読めないけど、読みたい。探究心に火をつけたアリス・ベイリーと出会えたからこそ、このブログも存在している。

そしてこのブログを書くことによって、何色かのカルマを形成しながら生きているってことですね。赤坂カルマです。

あ、講座中のノートにはこんな走り書きが。

「いま、世界が困難なときに何の苦痛も感じていない人は、問題を共有していないということになる。」

講座が終わって秘教仲間(エソフレ)とご飯行ってホテルに戻ったあと、M-1にウーマンラッシュアワーが出場するのを知ってテレビをつけた。ウーマン村本氏が、漫才のなかで叫んでいたメッセージが昼間のメモとリンクする。

日本は平和だから社会的なことを言わなくていいという人がたまにいる。僕は平和じゃないと思う。平和じゃないところがたくさんニュースになっていないだけで、被災地はまだまだ大変で、朝鮮学校の生徒さんは寒い時に一所懸命ビラ配りとかやってるわけ。そんなことがいっぱいある。電気は当たり前に使うけれど原発の危険性については考えない。原発の危険性については考えるけど原発がなくなったあとの地域の経済については考えない。水道は民営化になる。政治家は簡単に通す。でも国民はそれに対して無関心。みんな見たくないものを見たくないだけで、本当にみるべきものは僕はたくさんあると思うんですね。

ぜひ動画検索してみてください。

おや、気がつけば今日も三千字オーバー。7つの光線理論とかまだまだ書きたいことあったけどまたいつかどこかで。

動物人間

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

m(_業_)m

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