「ケイクいかがっすがー!」
「ケイクいかがっすがーッッ!!!」
例年より雪が少ない、2018年札幌のクリスマス・イブ。
カップルが多いこの場所にはおよそ似つかわしくない癖の強いしゃがれ声が、イルミネーションで彩られた冬の大通公園に響き渡っていた。
そこにはサンタクロースの格好をしたケーキ売りの美女……ではなく「秘教おじさん」が立っていた。
「奥さん、ケイックいかがっすがーッッ!!!」
・
・
おじさん「だめじゃ。ワシがいるのにどういうわけかさっぱり売れんぞ……。おーい!そこのナイス・アベック!」
三田「今年はバイト二人なのに売れ行き悪いっすね。なんでだろう。去年は俺一人でも結構売れたのに」
おじさん「発音の問題かのう。ケイッック!」
三田「いや、普通に“ケーキ”って発音したほういいと思いますよ。何売ってるのかも伝わってないと思うんで」
おじさん「なんだそのジャパニーズ英語は?ただしい発音はケウィッッ…」
少年「あの、すいません……」
おじさん「(いらっ)しゃっせっーー!!!」
三田「いらっしゃい」
少年「あの、おじさんたちは本物のサンタさん?」
三田「あははは。僕たちはただのアルバイ…もがふがががが」
おじさんは三田の口を手で塞ぎながら、少年を見つめてニヤリと左側の口角を上げた。唇にはなぜか生クリームがついている。
おじさん「そう、正真正銘の本物のサンタさんだぞぉ」
少年「やっぱり!サンタさんっているんだね!」
おじさん「見ての通りじゃ!」
少年「でも、クラスのみんなはサンタなんて絶対いないって、ぼくのことバカにするんだ。本当はパパやママがサンタなんだって……」
おじさん「ほう。その子らにとってはそれが真実かもしれんな。だが少年、君はサンタさんはいると信じているんだろう?」
少年「うん!だっていま目の前にいるし!」
おじさん「平成の子供とは思えないくらい素直な少年じゃ!実はおじさんたちだけじゃなく、世の中にはサンタさんはたくさんいるんだ」
少年「え?サンタさんってそんなにいるの?」
おじさん「もちのロン&当たり前だのクラッカーじゃ。サンタクロースも一人じゃとても世界中のチルドレンにプレゼントを配りきれんだろう」
少年「じゃあ、サンタさんは世界に何人いるの?」
おじさん「おお、いい質問じゃな。じゃあ数えてみよう。イチタクロース、ニタクロース、サンタクロース……!なんてな」
少年「うっ……ブルブル」
おじさん「……キュウヒャクキュウジュウキュウタクロース…ときて、最後はセンタクロース!全部で千人じゃな!」
少年「よくわかんないけど、最後のサンタさんが一番えらいの?」
おじさん「いや、千番目のサンタさんは下っ端さ。だって、他のサンタのコスチュームの洗濯ばかりしているからな。センタクロースだけに!」
三田「うっ……ブルブル」
少年「おじさん、それはさすがにウソでしょ…」
おじさん「さあ、どうかな〜。けど、お友達とサンタがいるいないで争っているより、いい加減なほうが楽しい気持ちになるだろう?お互いの言い分を認めながら」
少年「うん!ウソっぽいけど楽しい!」
おじさん「フフッ、そうだろう。正しい正しくないで白黒つけるなんて、ほとんどはつまらないものさ。あ、サンタだけに赤白かな?なんちゃってフフフ……」
おじさんは、ブツブツつぶやきながら売り物のクリスマスケーキに手を伸ばし、少年にひとつ手渡した。
おじさん「ほれ!金はいらねえ持ってけドロボー!」
少年「うわぁケーキだ!いいの!?ありがとう!おじさんのこともサンタのこともぼく信じることにするよ!」
スキップしながら帰っていく少年を、おじさんは目を細めながら眺めていた。
・
・
おじさん「今時スキップする子供とは、世の中捨てたもんじゃないのう。なあ三田くん」
三田「はあ……」
おじさん「おやおや三田くん、ケーキ(景気)の悪い顔してどうしたんだい?」
三田「てかあれ、いいんすかあんなテキトーなこと言って。あとケーキ代ちゃんと払ってくださいよ」
おじさん「適当なこと?サンタのことか?」
三田「そうですよ。現実的にいないものはいないって、はっきり言ってあげたほうが将来的に子供のためだと俺は思うんですけどね」
おじさん「現実的に…ねえ……。ところで君が言う現実ってなんだろう?」
三田「現実は現実ですよ。現実的に目に見えているもの。聞こえるもの。触れることができるもの。いまそこに存在するもの。他に何があります?」
おじさん「なるほど。視覚、聴覚、触覚……。三田くんが言う現実というのは三田くんが認識できる三田ワールドのことを言ってるんだな」
三田「はい?」
おじさん「それぞれが、それぞれの感覚を通して世界をつくっている。あの少年には少年ワールド、ワシにはわしのダンディワールド」
三田「ダンディ……」
おじさん「他人の世界に土足でズカズカ入って、相手が信じているもの批判し、自分の世界の常識を押し付けるのはおこがましいとは思わんかね?」
三田「まあ、そうですけど」
おじさん「実はな、サンタを信じる心(想念)があつまるとな、ひとつのおおきな想念形態(そうねんけいたい)というものがつくられて、本当にサンタクロースが生まれるんじゃ」
三田「壮年携帯?(操作が簡単なスマホのことかな?)」
おじさん「想念は、思考のエネルギーによって、“カタチ”となるのだ」
三田「あ、それ聞いたことあります。思考は現実化する的なアレですよね?」
おじさん「そう。それ的なアレじゃな。そしてこれはサンタに限った話ではなく、映画のスターや、二次元なアニメのキャラクター、会ったこともないアイドル……。多くの想念が団子のように集まって、ひとつのカタチ(エネルギー)となるんじゃな」
三田「いやでも、待ってください。現実的にはいくら“想っても”、サンタクロースって所詮、架空の人物じゃないですか?」
おじさん「ふふ。確かに人間としてのサンタは架空と言われているかもしれん。でもなぜ、クリスマスになると多くの子供達の枕元には、サンタさんからのプレゼントが届くのだろう?」
三田「いや、それはその、親とかが夜中にこっそりと置くんですよ。クリスマスには約束事としてサンタ役を演じてるんです」
おじさん「ほら、想いがカタチになってるだろう。だから、サンタは本当にいるんだよ」
三田「ん?想像上の人物でも、存在してるってことですか?なんだか納得いかないなあ」
おじさん「意固地か!少年を見習え!バーカバーカ!じゃあ、三田くんは今なんでその赤いコスチュームを身にまとってケイク(ケーキ)を売っているんだ?別に全身青で首に鈴でもつけてどら焼き売ってもバチは当たらないだろう?」
三田「いやそれだとサンタっぽくないから。てかそれ、ドラえもんだし!」
おじさん「今、“っぽくない”と言ったな。それじゃよ。みんながもっている共通のサンタのイメージ、つまり想念があるだろう。その想念形態によって現実化したサンタが、子供たちにとってはプレゼントを枕元に置いてくれるお父さんやお母さんかもしれないし、ワシらのようなケイク(ケーキ)売りかもしれん」
三田「ああ、確かにサンタクロースが一人の人間として存在しているよりも、誰もがサンタさんになったほうが世の中楽しいかもしれないし、世界中の子供たちにプレゼントも届いて幸せになる。それに……」
おじさん「それに?」
三田「俺も結構大きくなるまでサンタがいるって信じたんですよ。小学五年生のクリスマスまでは。でも母さんが夜中にこっそりプレゼント置いてるの見てしまって。なんだ、サンタなんて嘘だったのかって」
おじさん「そのプレゼントはどうした?」
三田「もらい…ましたよ。欲しかったゲームだったし。母からのプレゼントだと思って。でもそのプレゼントと引き換えに、俺のサンタ信仰はそこで終わりました」
おじさん「子供時代の三田くん担当のサンタは、母ちゃんだった。素晴らしいことじゃないか。そして、サンタの正体の引き換えに手にしたのは欲しかったゲームだけではない。母ちゃんが我が子を想う愛情も、同時に受け取ったのではないのか?」
三田「ははは。そうっすね……。そうかも。そうかもしれない。俺にとってのサンタさんは、ちゃんと実在していた……」
おじさん「そう。知らない外国人のヒゲのおっさんが、煙突からススまみれで不法侵入してくるよりよっぽど素敵な話だぞ!」
三田「あの…おじさん、今日俺、早めにあがってもいいですか?」
おじさん「コノヤロー!恋人か!ガールフレンドか!ワシと白木屋で酒飲むんじゃなかったのか!さっさと行きやがれこんちくしょう!」
三田「す、すみません。あ、俺ひとつケーキ買っていきます」
おじさん「ああもう、半額でいいぞ!社員割引じゃ!」
三田「いや、アルバイトの権限を逸脱してるから。ちゃんと払います。えーと、三千円……」
ケーキを右手に持ち、三田はそさくさと売り場を後にした。
三田「お、お先に失礼します!」
おじさん
「三田ァーーッッ!!!メリィウィィ・クリスムァーーーットゥ!!!」
三田「声でけぇよ……」
・
・
・
三田「あ。久々だし、いちおう一本メールいれておくか……」
━━━━━━━━━━━━━━━━
To 母さん
件名 急だけど
これからちょっと顔だします。
━━━━━━━━━━━━━━━━
三田「ふぅ……」
ピロリン♪
あれ、母さん返信早いな?
━━━━━━━━━━━━━━━━
To 三田三太
件名 三田くんへ。親孝行、したいときには親はなし。
拝啓
お世話になっております。今しがた、同じ時間を過ごしたエソテリックダンディこと、秘教おじさんです。
クリスマスの夜、三田くんが年寄りを一人置いて、仕事を人任せにして早上がりしたことについては、これっぽちも気にしていません。
どうぞ、小さなことは気にせず、家族と素敵な夜をお過ごしください。
メリークリスマス!
追伸
サンタクロースについて、秘密の情報が掲載されているホームページを、優れた検索力で見つけてしまいました。
我ながら、自身の検索力には目を見張るものがあります。サンタクロースについて小生の言い残したことが記述されているようなので、参考までにご覧ください。
下記にURLを添付させて頂きます。
\(^o^)/
↓↓↓↓↓↓↓↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B9
━━━━━━━━━━━━━━━━
三田「おじさん……。ん?秘密のサイト?どれどれ……サンタクロース…wiki……って、Wikipediaかよ!」
メリー・クリスマス